落書き〔グラフィティ〕考
--- 2006年11月07日
地獄を思わせる谷間から見える海を目指して、岩壁に彫り込まれた階段をゆっくりと下りると、都会であわただしい日々を送る者にとっては、天国にも等しい場所がある。
そう、温泉である。ここは式根島の「地鉈温泉」。この島にいくつかある温泉のなかでも、最も個性的な温泉だ。温泉通のあいだでも穴場中の穴場らしい。
ここに来るのは2度目なのだが、昨年初めて来たときに気になったのが、壁の落書きである。落書きといっても、スプレー缶やサインペンによって書かれたものではなく、おそらくはノミと槌を使って掘られたものである。その内容も、トイレの壁にあるようなエロ系のものではなく、いわゆる「グラフィティ」のようなアーティスティクなものなどでもなく、記念碑的なものだ。僕が見つけたもののなかでは、「昭和十三年」がいちばん古かった。「湯治記念」とあるように、おそらくは軽くはない病いを癒すためにここを訪れた者が記念に彫ったものだろう。
落書きというのは、不愉快なものも少なくないが、ここまで来ると歴史的意味を感じる。ぜひ保存してもらいものだ。
旅----ここではない、どこかへ行くこと----の先で出会った落書きで思い出したのだが、ローザンヌ大学のトイレでも、落書きを見つけた。このテーマは世界共通。珍しくも何ともない。消されても誰も惜しまないだろう。
そういえばローザンヌでは、ほんの偶然、“ライター”の日本人男性と知り合った。“ライター”といっても僕の職業のことではなく、グラフィティ・アーティストのことである。“ライター”について知りたければ、映画『ボム・ザ・システム』を観ればいい。学会(ヨーロッパ科学技術論連合総会2006)が始まる前日、僕らは2人でアール・ブリュット・コレクションを訪れ、ともに興奮し、街に帰ってからもレストランでウマのステーキ(!)を食べながら、深夜まで音楽やアートについて語り合ったものだ。
僕が彼の話を聞きながら思い出していたのは、『ボム・ザ・システム』のストーリーや、そこでも使われていたレディオヘッドの音楽----とくにその歌詞----、そしてウィリアム・ギブスンの短編の一節である。
ぼくらは二時間も登りつづけている。コンクリート階段を、穴あき横木のついた鋼鉄の梯子を登り、見捨てられた整備塔や埃をかぶった工具類を通り過ぎる。出発点は、使われなくなった整備場らしきところで、三角形の屋根用部品が積んであった。そこでは何もかも、例のお馴染みスプレイ缶落書き〔グラフィティ〕で、一様に覆われていた----団〔ギャング〕名、イニシャル、世紀の変わり目まで遡る日付、と。そうした落書き〔グラフィティ〕は、ぼくらとともに登ってきたけれど、徐々に薄れていき、やがてひとつの名前がとびとびに繰り返されるようになる。LO TEK〔ロー・テク〕。したたるような黒の大文字。
「《ロー・テク》って誰だい」
「あたしたちはじゃないよ、ボス」
とモリイは振動するアルミの梯子を登って、波形のプラスティック板にあいた穴の上に抜け、
「“低技法〔ロー・テクニーク〕、低技術〔ロー・テクノロジー〕”」
その声がプラスティックにくぐもる。ぼくが痛む手首をかばいながらモリイを追っていくと、
「《ロー・テク》たちときたら、あんたの、あの散弾銃〔ショットガン〕のやり口だって退廃だと言うさ」
(ウィリアム・ギブスン「記憶屋ジョニイ」黒丸尚訳、『クローム襲撃』朝倉久志ほか訳、早川文庫、1988年、初出1981年、p.39)
「記憶屋ジョニイ」は、キアヌ・リーヴス主演で映画(『JM』)にもなったが、映画の《ロー・テク》たちは、ステレオタイプ的なイメージで描かれた反体制組織で、原作の《ロー・テク》とはずいぶんと異なるように思う。原作でもそれほど詳しく描かれているわけではないが、自分たちのことを「ロー・テク」とシニカルに呼ぶ若者のイメージは、社会に順応できないが、かといって戦う術や目的を持つことのできない、現在(バブル以降?)の若者のイメージとだぶる。少なくとも僕にとっては。グラフィティは、彼らが得ることのできた、数少ない、プロテストのメソッドなのかもしれない。06.11.7

